これまでWebマーケティングの支援というと、リスティング広告運用代行やSEO対策支援など、クライアントの代わりに業務を行うスタイルが主流でした。
一方で、地方では「できれば内製でやりたい」というニーズもあり、支援会社はそのあり方について変化を求められているのかもしれません。
そこで今回は、福井を拠点に中小企業のWeb集客を支援されている株式会社PROPOの中尾 豊さん(@propo0202)に、「クライアントにWeb集客をどう伝え内製化を支援しているか」をお伺いしてきました。
支援会社でマーケティングに関われている方、地方でWebマーケティングに携われている事業会社のみなさまは、ぜひご一読ください。
(聞き手:臼井、瀬川)
株式会社PROPO 中尾 豊さん
株式会社PROPOの代表取締役。ふくい産業支援センター創業マネージャー/石川県産業創出機構(ISICO)専門家/中小機構北陸本部アドバイザー。福井と神戸を拠点に、中小企業・個人事業主の売上アップ施策を支援。中小企業のweb担当者、web制作会社への教育研修プログラムも提供中。株式会社ハタフル/株式会社サンシャインワークス顧問。著書「Google Adwordsで集客・売上をアップする方法」「儲かる検索キーワードの見つけ方講座」(二つともソーテック社)「ビジネスを加速させるランディングページ最強の3パターン制作・運用の教科書」(つた書房)。公式サイト/Twitter/Facebookページ
中尾さんがWebマーケティングの支援を始めた理由
飲食店から印刷会社の営業へ。そして出会ったリスティング広告
瀬川:中尾さん、本日はよろしくお願いします。現在Web集客のお仕事を多方面でされていますが、何がきっかけで始められたのですか。
中尾:僕の社会人スタートは、チェーンの飲食店でした。
当時、大阪の大学に通っていたのですが、全然学校には行かず、バイトばかりしていたんです。
特に何も考えず、そのままバイトから社員になりました。
ただ仕事はとても労働時間も長く、土日も休みがない。
このままこの仕事を続けて40歳になるのが想像できず、それならと仕事を辞めて、地元に福井に帰ってきました。
親のツテで印刷会社の営業に転職しましたが、ここでもうまくいかない。
営業成績も悪く、嘘の日報を書いて、1日を漫画喫茶で過ごすような日々でした。
その後、部署異動で物流管理の仕事を任せられるようになりました。
システム導入を検討していたある日、1人の学生社長と出会ったんです。
その方は僕の質問に対して、すぐに的確な答えを言う。「すごくかっこいいな」と思いました。
後に会食で聞いたら、コンサルティングという仕事らしく、それ以来自分も「コンサルティング」の仕事を意識するようになります。
ちょうどハローワークで、新しくできた歯医者さん専門のコンサルティング会社を見つけて転職しますが、ノウハウがなくて1年で潰れてしまいました。
「これからどうしようか」と思った時、知り合いの社長がリスティング広告をやっていて、勉強させてもらえたんです。
実際やってみると、これが面白い。そこからのめり込んでいきました。
ちょうど兄が印刷会社をやっていて、仕事がないからとリスティング広告を任せてくれました。
調べてみるとお宝キーワードがあったので出稿したとたん、電話がかかってきたんです。
兄からの電話は今でも覚えています。「おい、お前何したんや。知らない東京の会社から問い合わせが来たぞ」と。
相変わらず営業はできませんでしたが、地道に活動をしていく中で成果を出せるようになり、仕事も増えてくるようになりました。
リスティング広告で起業した矢先の大事件
瀬川:紆余曲折を経てリスティング広告の仕事にたどり着いたのですね。その時の中尾さんはどんな状況だったんでしょうか。
中尾:ちょうどその頃、リスティング広告の本を出したんです。
福井で上手く活動するには、やはり出版といった権威が必要だと思ったので。
結果として、認知が広がって多くのオファーをいただくようになりました。
一方で、今思うと、自分の中で大事なものを徐々に失っていったように感じます。
自分の中で「自分が全部やれば何とかなる」と勘違いして慢心していたなと。
その頃、ある会社からブログのSEO対策の指導を頼まれました。
そこで「このキーワードを攻めてください」と現場の方に指導したんです。
しかし現場スタッフからは「それでは書きたいことが書けない」とクレームがあって。
当時の僕は頭が固く、結果が全てだと考えていたので、お客様と揉めたこともありました。
また当時、広告の運用は全部僕一人でやっていて、スタッフには何も教えませんでした。
雇っていたスタッフには、「デザインとか、コーディングだけやって」と話していたんです。
そんな矢先、人生を変える大事件が起きました。
お客様を訪問しているときに、急に倒れて病院に緊急搬送されたんです。
病名は、急性大動脈解離。致死率85%で、発症したらほぼ死ぬ病気です。
担架の上で、子どもたちが泣く顔を見て、「ああ、もう会えないんだ」と悟りました。
7時間におよぶ大手術の末に、なんとか一命を取り留めました。
大病を経て変わった自分の価値観
瀬川:無事に退院できたあと、会社はどうなっていたんですか。
中尾:退院して2ヶ月後くらいに、ようやく仕事に戻りました。
その時までには、スタッフが僕の広告アカウントに何とか入って、すべての広告を止めてくれていたんです。
とはいえ、いただいていたお仕事も減ってしまい、自分の怠惰な生活や慢心を猛省しました。
退院後は、自分の中で価値観がガラッと変わりました。
常に自分はいつ死ぬか分からない。もし自分が今いなくなってしまったら、家族にも、お客様にも何もできなくなってしまう。
だったら、「自分の中にある知識やスキルを1日でも長く伝えて、誰かに残そう」と思い始めました。
それなら僕がいなくなった後でも、お客様は一人で歩けると思うんです。
「中尾さんがあのように言っていたから、今はこれをしたらいいじゃないか」と、お客様のうちに僕が残るんじゃないかなと。
北極星があれば、正しい方角に歩けるのと同じですね。
Webマーケができる人材を育てていく方法
事業会社の家庭教師になる
瀬川:中尾さんは、クライアントに対してWeb集客の内製化をどのように進められているのでしょうか。
中尾:経営者の方からの相談をよくよく聞くと、最終的には自社でなんとかしたいとの根源的な欲求があるんです。
クライアントの多くは、それほど広告予算がなかったり、高額なコンサルティング費は払えなかったりします。
だから利益を削ってお金を払うなら、資産化できない外注より社内に残るような内製化支援のほうが喜ばれるんですね。
僕が内製化を支援する方法は、2パターンです。
まずは制作会社さんなどに数日間研修を行い、質問サポートをする形。
もう1つが、事業会社さんなどに、抱えている課題に対して家庭教師のように寄り添っていく形ですね。
例えば、今私は大阪にある資格学校の支援をしています。
集客用のランディングページを作ろうと、社長さんに原稿を書いていただくんです。
そして僕が、赤ペン先生のように文章のアドバイスをします。
「まずは論理展開を箇条書きしましょう」とか「見出しを先に書いてください」とかですね。
当然すぐに完成はせず、1〜2ヶ月間程かけて添削していきます。
でもそうやって完成したランディングページを広告で流したところ、お問い合わせが激増して、CPAも1/6くらいになりました。
すると、その社長はすごく喜んでくれて。
「次はこれやりたい。その次はこれをやりたい」ともう暴走しています(笑)
でも、こういう姿を見ていると、やってよかったなと思うんです。
もし僕はいまここで死んでも、この社長さんは本質を外さず、歩んで行ってくれるのかなと。
もちろんWeb集客について教えることに難しさを感じることも多々あります。
人間は感情で動きますよね。だから僕たちはお客様の感情を分解して、どうすればその感情が動くか考えなくてはいけません。
普通だと「物事を論理的に分解して、収束させていく」ような思考はあまりしないので、訓練が必要です。
ただ僕はお客様に魚でなく、魚の釣り方を教えているので根気強くやるしかないかなと思っています。
ビジネス としては、顧客からもっと費用をいただいて会社を大きくすることもできます。
でも僕はあえてそうはしません。お客様が喜んでくれれば、それでいいんです。僕の承認欲求が満たされるので。
あえて組織化せずにいること
臼井:自分のあとに何かを残そうと組織を作る人も多いと思いますが、あえて組織化しなかったのは何か理由があるんですか。
中尾:組織をつくるかは僕も考えました。
組織化したほうが確かに分母は増やせますが、僕はスタッフを育てることは少し苦手意識があるんです。
お客様に伝えるのと、スタッフを教育するのはまったく違います。
自分でスタッフを育てる時間やコストを考えると、すでに出来上がっている会社に関わった方が向いているし、僕も楽しいです。
実際、いくつかのWeb系の会社さんに顧問として入らせてもらって、自分のノウハウを伝えています。
関わった会社の中に中尾イズムみたいなものが残れば、それで良いかなと。
地方でWebマーケティングを支援する上で大切なこと
地方はスピードとインパクトが重要
瀬川:地方のお客様を支援している中で大事にしていることは何がありますか?
中尾:僕が思うのは「スピード」と「インパクト」です。
地方企業はそこまで時間も予算もありません。頑張っても報われないと思ってしまえば、そこで終わってしまいます。
だから成功体験を少しでも早く感じてもらわないといけません。
僕が支援させていただく時は、まずECサイトのカートとか、お問い合わせフォームの改修から入ることが多いです。
少し変えて反応が出れば、お客様は「おお、ここから何ができますか?」と次に繋がるんです。
スピード感を持って改善していけば、お客様も「この施策をしたら変わるんじゃないか」とポジティブな思考になっていきます。
すると僕が卒業しても、自分たちで改善していけるようになると思います。
以前、ある米屋さんをお手伝いしたことがありました。
その社長はブログやSNSの情報発信はとても上手なのですが、「売る」ことはそこまで得意ではなく、いい商品なのに在庫を多く抱えてしまったのです。
そこで僕がランディングページをつくってお手伝いしたところ、一瞬で在庫がなくなり、とても喜んでもらったこともありました。
真面目な方ほど「売る」ことが苦手なイメージがあります。
本来売り込みをすべき瞬間なのに、お客様が来るまで待ってしまいチャンスを逃してしまうこともあります。
だから時には広告を使い、スピード感を感じてもらうことも多いですね。
できないのではなく、どこに進んで良いか分からないだけ
瀬川:よく地方はWeb集客ができない人が多いみたいな話を聞きますが、中尾さんはどう思われますか。
中尾:地方の経営者の方は、長年会社をされているだけあって、僕よりすごい方ばかりです。
だから勘所さえ掴めば、実行する力があるからWeb集客もうまくやれるはずなんです。
しかし、Webに対するリテラシーが高くない方がまだまだ多い。
だから、一生懸命学びはするけれど周りから聞いたことに振り回されて、迷ってしまっているのです。
例えば、最近こんなことがありました。
ある企業さんが、Web会社から「今はSNSの時代ですよ」と商材販促のためにSNS広告を提案されたそうです。
それでFacebookやInstagramにかなり広告を出してみたのですが、まったく反応がない。
ただその商材を調べてみると、営業利益を考えてもリスティング(検索連動型)広告を出した方が良い商材でした。
でもそのWeb会社はそういった優先度が高い施策を提案せず、結果が出ないSNS広告を出させて手数料だけ稼いでいるのです。
そういった会社に悪意があるかどうかは分かりませんが、僕はよくないと思っています。
今までは知識差をお金にしていたところがあると思いますが、その格差を是正していけば、より良いものを素早く提供できるようになるはず。
だから行政が主催している無料セミナーでの登壇や、SNSなどでの発信を通じて、少しでも地方の方がリテラシーを高められるように努力しています。
街の電気屋さんみたいな存在になる
瀬川:地方でWebマーケティングをしていく上で、支援会社はどういったことが求められるでしょうか。
中尾:地方では、横断的な力を身につけ何でもできないと、この先厳しいでしょう。
地方の企業や事業主は予算があまりありません。
だからこそ、結果に結びつけるまでのスピードが重要で、そのためには素早く効果を最大化できるポイントを見抜き、かつ全体最適化を図るような提案をしなくてはいけません。
もうリスティング広告だけ、SNSマーケティングだけ、SEO対策だけでは通用しないんです。
じゃあどうしたらよいか。その答えは、街の電気屋さんみたいになること。
例えば、リスティング広告運用代行を柱にはしていても、他の領域にも守備範囲を広げて、言われたらできるようにするんです。
それなら地方の事業会社さんも「あれはできる?」とすぐに相談できるからです。
僕の場合、コンサルティングや運用代行の他に、飲食店のTwitterの中の人もやっています。
あらゆる領域を積極的にカバーしているからこそ、地方ではお客様に喜んでもらえるのです。
地方だからこそ影響力を持つ
瀬川:地方でWebマーケティングをしていきたいと思う方に何かアドバイスはありますか。
中尾:地方でWebマーケティングの仕事をしていると、いろいろ不平不満はあると思うんです。
話しても理解されないとか、Webに対するリテラシーが低いとか。
でも僕はこう言いたいです。「不平不満を言う前に、影響力を持て」と。
地方は、知らない人には冷たいです。よく分からないことはやりません。
でも、「あの人が言っているから」「あの人が勧めているから」と始めることは結構あります。
だから自分のファンを増やしていくことが、結果的にお客様に伝えたいことを言いやすくしてくれるのです。
そのためには、地道に自分を変え、高めていくしかありません。
僕も福井で仕事をしつつも、あえて福井外の仕事をしていました。
出版や登壇を重ねると、次第に認知が広がり、今度は福井県内の仕事が増えてくるのです。まさに逆輸入の戦い方ですね。
もし地方でWebマーケターとして生きていくなら、「あの人が言っているんだから間違いない」と言われる存在を目指してほしいですね。
別に僕がなり切れているわけではないですが、それでも福井に拠点を置きながら、全国で仕事ができています。
日本には10万社ぐらいの中小企業がありますが、そのごく一部しか僕には手が届きません。
志が高い方には、早く影響力を持って、そういった中小企業さんの力になってほしいと思います。
おわりに
今回の取材では、中尾豊さんに地方でWeb集客をどう内製していくのかをお伺いしました。
「地方こそスピードとインパクトが重要。だからこそ横断的な力を身に着け、影響力を持たなくてはいけない」
この言葉が心に強く残った取材でした。
Web集客の内製化は簡単なことではありません。
しかし今後、お客様が自走できる支援が支援会社には求められてくるのかもしれませんね。
聞き手:臼井、瀬川
文・写真:瀬川